ムルツメスク!ルーマニア

パンフルートの故郷を訪ねて 三姉妹の笑いと涙の珍道中!

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ブラショフ Brasov 散歩 その①

2011/09/03 22:42 ジャンル: Category:ルーマニア旅行記
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ブラショフ Brasovは12世紀にドイツ人が建設した町でルーマニア人、ハンガリー人が混ざり合って融合して発展をとげた町だそうです。夏は避暑地、冬はスキ―のリゾートでにぎわうとか。中世の街並みを残す美しい町でした。

IMG_0248_convert_20110903195421.jpg スファルトゥルイ広場



 車をとめて町の中心部へ歩きます。紺碧の空・歴史のある建物・教会とても美しい。Mさんが携帯電話片手にNさん探し。「Nさん今、どこですか?」 するとむこうから噂のニコニコNさんがが登場!

 ブラショフ駐在のN氏。日本からJRBAのツアーがきたときいつも登場されるのかどうかはわかりませんが、今日は一緒にご案内いただけるようなのです。

 まずは、お昼はまだ早いので「レモネードでも飲みませんか?こちらのレモネードは量が多くて飲みごたえがありますよ。」とのこと。
IMG_0257_convert_20110903195659.jpg  IMG_0258_convert_20110903200042.jpg 。
↑花瓶ぐらい大きなジュースの入れ物   右写真がNさん

 でてきました!どーんと大きいガラスジャーにレモン、ライムが大きくカットされたものがドボドボといっぱい入っています。日本の3倍ぐらいのビッグサイズ。本当においしいフレッシュなジュースでした。人々はのんびりとベンチに腰掛け、おしゃべりしたり飲み物を飲んだりしています。時間がゆっくり流れている感じです。

そのあと黒の教会へ。(←クリックすると映像 )大きな時計も素敵です。ここはトランシルヴァニア最大のパイプオルガンがある教会でしたが、あいにくこの日は中に入れなくて残念でした。町の中心にそびえ建つ、高さ約65mのゴシック教会(プロテスタント教会だそう)で1689年に派プスブルグ軍の攻撃を受けて、外壁は黒こげになったことから黒の教会と呼ばれることになったそうです。

IMG_0264_convert_20110903221825.jpg  IMG_0263_convert_20110904131848.jpg

「ここはどこ?」「黒の教会前です。」

 次は「マーケットに行ってみましょう」ということで広場からはちょっと離れた野菜や果物がある市場へ向かって歩いていきました。市場って庶民が何を食べているかわかって楽しいですね。いろとりどりの果物、野菜がいっぱいきれいにつみあげられています。ルーマニアって農業国なのだなぁと実感しました。国産でこんなにいっぱい野菜、果物がとれるのはすごいです。わぁ~おいしそう。マーケットでちょっと果物の味見したあとは、すぐそばのスーパーの中に入ってこちらも社会科見学。

IMG_0269_convert_20110903222748.jpg  IMG_0273_conv<a href=
スイカ、トマト、パプリカ、ズッキーニ 他 たくさん!
                IMG_0270_convert_20110903223752.jpg ブルーベリー

                 (ブラショフ まだつづきます!)

本日の演奏=Oana Lianu



 
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プロフィール

Panflute

Author:Panflute
Panflute三姉妹(通称)の末っ子。Panfluteの美しい音色に魅せられているアマチュア愛好家。横浜在住。自身の演奏では四苦八苦しているが、パンフルートの素晴らしさを伝えることが喜び。ブログタイトルの「ムルツメスク Multmesc !!」はルーマニア語で「ありがとう」の意味。

写真は日本郵船・八幡丸(父の油絵)父は太平洋戦争直前ににこの客船に乗ってアメリカに渡る。八幡丸は客船としての使命は短期で終わり、まもなく軍艦へ改造され、後にフィリピン沖で撃沈されたという。父が乗り込んだ時、八幡丸には欧州からシベリヤ鉄道を使って日本に渡り、アメリカへ逃れるユダヤ人もたくさん乗り込んでいた)横浜・関内にある日本郵船歴史博物館に行くと当時の状況がよくわかる。

(本ブログ中の写真は無断で複製、転載しないようにお願いいたします。)

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